他界後35日目。
この日は、友人Nさんが企画してくれた昼食会だった。
ちょっとした縁でつながった4人が「くーみんキッチン」という、それはそれは美味しい中華のコース料理を提供してくれる一組限定のお店に集まった。
一品、一品、丹精込めて作られた料理が次々と運ばれた。
その美味しさに感動しながら、料理の合間に話も弾んだ。
11時半に始まった昼食会。締めのタンタンメンを食べ終わったのは14時だった。
あとはデザートだけという時、一人の女性が店に入ってきた。
二胡奏者の今井美樹さんだった。
これから私の妻と私のために、キーボードを弾きながら歌ってくれるというのだ。
店の片隅に、布をかけて隠してあったキーボードとマイクセットが置かれていた。
6月下旬、体調があまり芳しくない中、妻は私と一緒に美樹さん主催のコンサートに出かけ、素敵な音楽を楽しんだ。コンサート終了後、妻は美樹さんと少し会話し、両手で握手して別れた。それが妻の最後のライヴ体験となった。
美樹さんは妻の体調のことをずっと気にかけて下さり、健康回復を祈念して我が家に出向いて二胡の演奏をすることも考えて下さったという。
突然、美樹さんが現れたことに驚いたのは私ひとり。Nさんのサプライズ企画だった。
美樹さんのお話を交えた弾き語りが始まった。
♪ 〇〇さんの友達、こんにちは ♪(「〇〇」は私の妻の愛称)で終わる自己紹介の歌に続いて、1曲目は荒井由実「やさしさに包まれたなら」。6月下旬のコンサートでのアンコール曲。妻が生で聴いた生涯最後の曲だ。
そして、2曲目は「わすれない」という歌。亡くなり見送られた人の、見送ってくれた愛する人への気持ちを表現した歌だ。美樹さんが一緒に活動している女性の僧侶が作った曲だという。3曲目は竹内まりや「いのちの歌」。
特に心に染み入ったのが「わすれない」という曲。
歌詞を全部紹介したいくらいだが著作権の関係で断念。
♪どうか覚えていて あなたはひとりじゃない
いつもどこにいても あなたを想っている
ああ、できることならば もう一度伝えたい
その代わりに光になり あなたを温めるわ♪
思わず涙ぐみながら膝に載せた妻の写真を撫でる。
♪もう二度と会えない この空の下では
でもまた会える場所がある あなたを忘れない♪
「そうだよね」と頷く。
10年ほど前のこと。
妻と私はふたりにゆかりのある九州のとある県を旅した。
その時、TVドラマを真似て、来世でまた会えるようにと、赤い糸で結んだ小さな小さな玉を、とある神社の一角にそっと置いてきたのだ。
妻が他界する前、その時のことを話し、「また、会えるね」と妻に話しかけた。
「私みたいな人じゃなくて、もっとなんでもできる人がいいよ」
妻はどうしても同意しなかった。
帰宅後、「わすれない」の録画を何度も視聴した。そして、歌詞を文字に起こしてみた。
気が付いた。
妻は「また、会おうね、待ってるね」と、美樹さんを通じて私に伝えたのだと。
この歌を歌い終わった後、美樹さんは、妻と手を握った瞬間のことを思い出し、思わず涙ぐんだ。そして、「また、会おうね、待ってるね」というメッセージを妻が私に伝えたいんじゃないかなと思った、と言った。
「また、会えるね」という私の言葉に同意しなかったことを後悔した妻は、美樹さんを通して、私に本心を伝えてくれたのだろう。きっとそうに違いないと思った。
妻が息を引き取ったときのことを思い返してみた。やはり、息を引き取った瞬間、妻の魂は溶け込むように、私の中にす~っと入っていったのだと思う。そして、いつも見守ってくれている。
♪あなたに私は たとえ見えなくても
いつだってここにいる あなたを見守ってる♪
そう言えば、美樹さんが今回の弾き語りを始めたのが14時10分頃。5週間前の14時10分、妻は穏やかに息を引き取ったのだった。